キャリア自律が進むと社員は本当に辞めてしまうのか。問題は、自律人材を見極められない企業側にあった。
近年「キャリア自律」が再び注目を浴びるようになりました。キャリア自律とは、キャリア形成を企業に委ねるのではなく、人材自身が主体的にキャリア選択や能力開発を行うことをいいます。
しかし、「キャリア自律」が重要であるといわれて長い期間が経つものの、いまだに企業側の人事施策としてうまくいっているとは言い難いのが現状なのではないでしょうか。
その原因の一つが、「人材を育成しても辞めてしまう」ことへの不安です。
では、キャリア自律すると、従業員は本当に離職してしまうのでしょうか。
そのような不安から社員のキャリア自律を促す施策に本腰を入れて取り組めていないことは、逆に社員の定着や組織内で主体的に働く社員の育成の機会を逃すことにつながっているかもしれません。
今回は、「人間の本質(Human Nature)」をビジネスに活かす組織戦略家集団である株式会社ITSUDATSUの代表取締役・黒澤伶氏に、「キャリア自律が進むと社員は本当に辞めてしまうのか。問題は、自律人材を見極められない企業側にあった」というテーマにての考察をご寄稿いただきました。
目次
キャリア自律をめぐる2つの意図の違い
「人生100年時代」が話題となる際に、必ずと言っていいほど取り上げられるキーワードが「キャリア自律」です。このキャリア自律については様々な解釈の捉えられ方がされてきました。ここでは、キャリア自律を「めまぐるしく変化する環境の中で、自らのキャリア構築と継続的学習に取り組む、生涯にわたるコミットメント」と定義します。
このキャリア自律をめぐり、組織視点と個人視点で2つの意図の違いから、「キャリア自律が社員の離職につながるのではないのか」という利益相反の解釈が生まれてしまったのではないかと考えます。
組織視点でのキャリア自律は、高度経済成長の終了に伴い、商品やサービスのコモディティ化による企業間の競争が激しくなったことや、労働人口の減少と昨今目立つ人材の流動化に伴う生産性のさらなる向上が求められることから、「いかに社員を組織の中で、最も効率よくパフォーマンスをあげる」ことに重きを置いた、「自律」の考えをされてきました。いわば、組織の中で生き残る力を高め、組織の中で主体的にキャリアを形成することが是とされてきました。
極端な言い方をすれば、社員がその企業に「所属している限り」において、主体性を発揮しながら、仕事で成果を上げることを望んでいるだけであるのが組織側の本音ではないでしょうか。そのような組織で求められるキャリア自律は、当然ながら企業内キャリアに限定されています。
一方、個人視点からキャリア自律を考えた場合、人生100年時代において、組織内の縦方向のキャリア形成のみではなく、それぞれの多様なキャリアゴールに向けて、臨機応変に組織内外の上下、横、斜めを自由に行き来し、柔軟に経験を積んでいくことがより一層求められるようになりました。組織という枠組みを超え、「社会の中でキャリアを主体的に形成すること」が求められます。
キャリア開発論にて著名なビバリー・ケイ氏は、こうした変化の潮流をキャリア開発のあり方が「ラダー(はしご)型」から「ボルダリング型」へ変化していると表現します。
このように、組織視点と個人視点で「キャリア自律」の微妙な差異が生まれてしまったのが現状です。
キャリア自律が離職を促す勘違いの真の問題
キャリア自律は、これまでの「組織の中で生き残る力を高めるためのマネジメント」ではなく、「社会の中で市場価値を高めるためのマネジメント」にシフトすることで成立します。
さらに別の言葉で言い換えると、主役(主体)を組織から個人へとシフトすることです。
併せて、企業の役割も従業員を「雇い続けて守る」という役割から、従業員を「社会で活躍し続けら得るように支援することで守る」という役割に大きな変化が求められています。
では、主役(主体)を組織から個人へとシフト、一人ひとりの個人がキャリア自律することの真のメリットは何でしょうか。
それは、組織側の視点だと「リーダー創出・リーダー発掘」。
個人側の視点だと「キャリア創造・リーダー経験・市場価値の向上」。
になります。
しかし、多くの組織の場合、入社3年目以降から課長(マネジメント)までの人材育成戦略がなく、企業のニーズにも個人のニーズにもマッチしない時期が長く発生しているのが、キャリア自律を上手に推進できていない問題の背景だと考えています。
内発的モチベーションが非常に高く、精神的に自律している若手社員に、成長の機会を投資しないことで、彼らは「自分はこんなにも覚悟があるのに、会社は機会を創ってくれない」と落胆します。そして、口々に「この会社にいても、キャリアの先が見えない」と言い、辞めていきます。
実は、最近ITSUDATSU社のもとへ、「キャリア自律されている若手優秀社員の離職が止まらない」という相談を多くいただいています。
つまり、「キャリア自律を社員に促すことで離職が発生する」のではなく、「キャリア自律をすでにしている社員を組織側が見抜けないことで離職が発生している」のが大きな問題なのです。
自律の度合いが高まると環境そのものを大事にする
ここで、キャリア自律している社員がなぜ離職しないかも弊社の6つの観点でご説明します。
① 楽しくなる
自律の度合いが高まるということは、「人生という視点からの自分の願いや使命感や意志を込めながら、今ここを生きる」という度合いが高まるということです。
それができるようになると、あらゆる物事を楽しく捉えることができます。
人から言われるままに受け身的に目の前のことに取り組むのは「つまらない」と誰もが感じるものです。
一方、「私は私の意志(意思)で生きている」という自己決定への実感は人を本質的に活性化し、楽しくさせます。
② 他者に揺らされなくなる
他者に揺らされやすい人とは、自分の意志(意思)で生きていない人です。
他者の顔色を窺いながら「他者(例えば、社長、上司、など)にとって、どう動くことが正しいか?」という思考ばかりになります。
つまりそれは、いついかなる時も自分は「評価される者である」という自己イメージを醸成してしまいます。常に評価に晒されながら生きる。・・・これは心を非常に疲弊させる動き方です。心が疲弊するから、さらに他者によって揺らされる・・・という悪循環になります。
自律の度合いを高め、自らの願いや意志(意思)に基づいて生きる度合いが高まることで、その悪循環から抜け出すことができます。
③ 環境のせいにしなくなる
環境のせいにする人とは、自分を主に生きていない人のことです。
今のこの環境は自分に幸せをもたらしてくれるか、自分を不幸にするか、という見方をしており、それは「私は、環境に左右されて生きる人間だ」という自己イメージを醸成します。
自分のパフォーマンスが発揮されてるかどうかは環境に依存されるという考えは非常に危険なものです。
自律の度合いが高まり、自らの意志(意思)に基づいて生きることで、自分がいかに環境そのものに影響を与えているか、ということを体験を通じて実感するでしょう。
そうすると、「環境を創るのは自分自身であり、自分と環境のコラボによって人生は進む」ということがわかってきます。もし自分にとって望む結果が手に入らないのであれば、「それは自分と環境の関わり方、働きかけ方を変える必要がある」と自覚できます。
そのため、環境から逃げる前に「まずはやれることをやろう」とします。
④ 初心に戻りやすくなる
自律の度合いが高まり、自分の意志(意思)を大切に生きる人は、組織における自分の役割を本質的に考えるようになります(例えば、自分がどうみんなと関われば、このチーム(部署、会社、・・・)は活性化するだろうか?など)
そういった人は自然に、「自分はなぜこの会社に入ろうとしたか?」など、初心をよく思い出すようになるのと同時に、入社当時の自分と今の自分を比較し、どこが成長したか? どこがまだ成長していないのか? 今後はどう自分を成長させるか? などの視点を当たり前のように持つようになります。
⑤ 人との繋がりを大切にするようになる
①〜④の生き方ができるようになれば、必要のない葛藤や悩みは激減し、自分自身の心にゆとりや余裕が生まれるようになります。そうすると、ますます、自然と他者に意識が向かうようになります。
自分が周りにどう影響し、周りの人達がどう活性化したり、より喜んだり、幸せになることが自分自身の幸せにも繋がり、「自分=周りの幸せ」という視点が、自然とできるようになります。
上記を組織において自然と実現しようとするので、人と人が信頼を深めること、心と心が繋がっていくことに喜びを感じるようになります。
当然ながら、繋がりが深まれば深まるほど、その環境をさらに大切にするようになります。
⑥ 人生を俯瞰して観るようになる
自律の度合いが高まると、人生を俯瞰して捉えることができます。人生を俯瞰すると、すぐに今の環境を辞めてしまうのではないか、と思われがちですが、実はそうではありません。
むしろ「人生全体の視点」から「今」をしっかり見つめることのできる人は、「今ここにいる自分」を真に大切にできるようになります。なぜならば、「今ここにいる意味を果たそう」と本気で思うからです。
キャリア自律している人は、環境や状況を選びません。それよりも「今ここ」における「生き方」を大切にします。
しっかりと「今この環境」で、私は私の望む生き方を実践しようとしているだろうか?をとても大切にすることで、安易に環境を変えるという選択はなくなり、「環境を愛する」ようになります。
キャリア自律と組織リテンションを両立させるためには
では、キャリア自律と組織リテンションを両立させる方法はあるのでしょうか。
答えはあります。
それは、自律している人材もしくは、自律しそうな人材に対して、企業がタフアサインメントをし続けることです。つまり、「やりたい仕事をいかに自社内で機会を与え続けることができるか」につきます。
私の前職のビジョナル株式会社(ビズリーチ)では、「仕事の報酬は仕事」という暗黙のルールがありました。いい仕事をすればさらにいい仕事が舞い降りてくる。その連続の中で、意欲ある若手に機会を投資し続けた会社でした。
このように、「仕事という報酬」こそ、キャリア自律した人材が離職しないようにするただ1つの術といっても過言ではないと思います。
では、人事部門として、具体的に何ができるのでしょうか。
私は大きく3つあると考えます。
①「挙手文化」の浸透
まずは、キャリア意志(意思)を表明できるような機会、また、表明しても受け入れてくれる(聞いてくれる)カルチャーを人事部門と経営陣で創ることが大事になります。
社員の自発的な考えから、「これやってみたい」「これに挑戦してみたい」がカルチャーとして根付くと、組織が一気に活性化へと向かいます。
②社内のポストやポジションといったキャリア機会の可視化
①の挙手文化を浸透させるためには、まず社内にどのようなキャリア機会があるのかを認知させることが大事になります。今後の日本企業に必要なのはジョブの固定ではなく、アジャイルさせていくことです。そして、社内からの応募もつのり、社外からの採用と同じ基準で選考をすることが大事になります。
③自律人材を見極め、戦略的なタレントマネジメント
③が最も重要なことなのですが、全ての人材をキャリア自律させる必要性は私はないと考えています。実際に、リクルートマネジメントソリューションズ社のキャリア形成における意識調査によると、65%ほどが、キャリア自律にストレスや息苦しさを感じているとのことです。
しかし、先述したとおり、「キャリア自律をすでにしている社員を組織側が見抜けないことで離職が発生している」のが大きな問題なのです。
なので、人事や経営陣は自律している人材、もしくはちょっとの刺激や育成で自律しそうな人材に対して、直接関与し、抜擢の機会やタフアサインメントをすることが重要になります。